相違点の不可思議
この間、別のフォトスタジオで撮ったものが自分が思い描く自己表現とはかけ離れているので撮りなおしをしたいと言う依頼があった。どこがどの様に違うのかを事細かに説明頂くのだが、本人もそのお見合い写真も見ていない以上全く想像が付かない。しかし、かなりの相違点を羅列するところから察し、よくあるパターンを連想してみる。それは若干キャバクラ風が入ったもの。とは言えやはり想像の域を超えずとりあえずその現物を持参してもらう旨を伝え電話を切るのであるが後日持って来られた物と本人を見て驚く。何も違わない。せきを切った様に違いを並べて頂くが理解不可能。要するに他人が見て判断出来る部分はどこにも無く日夜顕微鏡を覗く研究室の教授じゃあるまいし、微妙な輪郭のほんの0.5ミリ程度の歪みなど認識できるはずも無い。また目が「私ではない」らしいが、それを言うなら時間をかけて入念な修正を施すしかない。何れにしてもそのどれもが全く無意味な拘りとしか言えず、むしろ気になったのはそんな所には無く笑顔がなんとも不自然で無愛想な雰囲気。これではお見合い写真の意味を成さない。しかし、表情は気に入っているらしい。このズレを修復するのは至難の業と感じるのだが、まずフォトスタジオでの撮影に慣れていないので自分がどんな表情を持っているのか認識不足。そこで100カットほどあの手この手で試してみると何と1カットだけ奇跡の一枚が出た。驚く事にその時点では撮る側と撮られる側の自己表現に於ける見解は見事に一致し、この一枚が正に私自信であると納得して頂く。要するに問題は笑顔にあったわけなのだが、素人はどこに問題点があるのかを見抜く力が備わっていないのでその表現方法にすこぶる無理がある。そこで我々は苦悩する事になるのだが常に感じることは自分の表情に関する真実には非常に敏感であると言うこと。















