結婚に対する倫理観

16世紀のヨーロッパの宣教師から見た日本人の結婚観は、意外にも自由を通り越し、ふしだらにさえ見えたようです。それは、当時、神の許しの基に神聖な儀式として捉え、生涯、夫婦として添い遂げる事が当然である国に対して、お互いの合意が有ればそう構える事もなく夫婦として婚姻が成立し、そしていともなく簡単に離婚し、あるいは複数の妻を持つことなど、かなり自由な風潮であると認識されているからです。しかし、実際は、女性の権利はそれほど認められている訳ではなく、男性の一方的な権利の上に成り立つものであったと感じます。どうもこのような感覚を引き起こす原因は、神の存在にあるようです。物事を決定する場合、必ずその許しを請う前提があり、生活に於けるすべての事象は、その存在失くしては有り得ない事であると言えます。日本ではそこまでの崇拝の基に物事を決める風習はなく、それがあたかもふしだらに写ったのではないでしょうか。このように信じる対象が異なると、同じ人間同士でも理解し難い感覚を引き起こし、不信感にも発展する場合があることを実感します。現在の婚活ブームに沸く日本に於いても、お見合い写真を通して始まる真の出会いとしての結婚を本来の目的からぶれないように考え直す必要があるのではないでしょうか。