目的を明確にする
お見合い写真を撮影していて、時々そのシチュエーションに戸惑う事があるのですが、それは人間同士が出会い、お互いを深く理解しそして結婚へと進んで行く過程に於いて、自分の容姿に対してことごとく評価を下し、挙句の果てに欠点を一つ残らず修正し満足すると言う、何とも奇異な状況に出くわす場合です。それは決して自分の短所を克服した訳でもなんでも無く、ただ屈折した精神性で相手に対して嘘を付いたに過ぎず、その気持ちが存在する限りお見合い写真から誠意と言う物は永久に伝わるはずもなく従って生涯の伴侶とめぐり合う場面も自らが逃していると言えるのではないでしょうか。物事には全て目的が存在し、それに向かって真っ向から努力をして初めて成就できるのであると思うのですが、それではお見合い写真に於ける目的とは何なのか考えてみると、少なくとも表面的に繕う事ではなく、自分の内面を少しでも理解してもらう為の情報源と言え、従ってそこに目論見や計算が存在してはその意味を成さないのではないでしょうか。見た目をそこまで気にするなら当然内面を磨くことに精一杯の努力をすべきで、それを怠るのは本末転倒と感じます。人間の魅力はそんなちゃちな所から覗くものでは決してなく、奥深い思考の中から湧き出す崇高な物であると実感します。あらゆる情報が氾濫する昨今、楽をして近道ばかりを選ぼうとせず、将来に確実に反映する地道な努力を選ぶことが、すなわち賢明な生き方といえるのではないでしょうか。急速に発展した様々な産業がもたらすメリットにのみ目を向けるのではなく、デメリットをも今一度見つめ直し今後の自分の人生に活かして行くべきでしょう。















