婚姻形態

武士の生活に於ける信条は、質素や素朴に則って築かれる物であった為、同等のレベルの家庭環境にある相手を求める風潮があったと思われます。また、自身が生まれ育った環境を離れると云う感覚も無く、あくまで自分の土地に配偶者を迎え入れる形をとっていました。鎌倉時代には三人まで妻を持つ事が許されており、女性の地位的劣位も平安時代とは違ったものと云えます。しかし、公家では昔ながらの婿取りの形態を続けており伝統的観念が残っていたようです。従って、武士と公家との結婚では様々な摩擦が発生したようですが、時代の流れと共に武家の力に押され、嫁入りが行われるようになります。現代でも家同士の摩擦は、本人を差し置いて問題を発生させている場合もあり、時代の変遷を積み重ねても解決できない難題が潜んでいる事実に驚きを隠せません。重要なのは、お互いの意志の確認を常に怠らず、周りの雑音を撥ね退けるだけの信頼関係をひたすら続ける事なのではないでしょうか。そう考えるとお見合い写真の本来の意味も随分違ってくるようにおもうのですが。