本来の結婚とは

お見合い写真を撮る事が昨今トレンディーになって来ていると感じるのですが、それは女性の社会進出による晩婚化や出会いの場を提供する企業が増え、特に少数派として認識される事が皆無になったからと言えるでしょう。しかしいくらお見合いが身近な物として存在すると言っても、結婚そのものに対する認識が軽くなった訳ではないのですが、最近の傾向として機会が容易に与えられる分、人に対する判断基準がどうも曖昧であると感じます。随分前にさかのぼると、昔は親に決められた相手同士、それこそお見合い写真どころではなく、まだお互いの顔もろくに知らないまま夫婦として生活することも珍しくなく、真剣に向き合わないと新しい人生が始まらない状態と言え、従って出来るだけ早く相手を理解する必要があり、その為には自己を押し通すのではなくお互いと向き合う事に全勢力を傾け、そして次第に理解を深めるに至ると言うパターンが一般的でした。現在は至る所に情報が氾濫し、物質に恵まれ、あらゆる方向に目が行く為、自身を客観視する間もなく、従って何処かなおざりになる部分が露呈し、落ち着いた状況下で関わる事が不器用に見えてしまいます。人間で有る以上最も重要なのは深いコミュニケーションで、それ無しには社会生活を営む事は不可能と言え、ましてや生涯の伴侶となるかも知れない人との心の会話は、何を置いても大切な項目として深く認識すべきなのではないでしょうか。お見合い写真から覗く爽やかな笑顔はそれを象徴する第一歩のような気がします。