出会う為の努力

結婚と言うのは偶然が奇跡的に起こす産物ではなく、あくまで自らが能動的に努力をして成就する物であると思うのですが、しかしそこに不自然な精神性があってはならないと感じます。例えばお見合い写真で綺麗に見られたいが為に普段はした事もない様な濃いメイクをしてみたり、瞳を大きく見せる為に不自然に目を見開いてみたり表面的な部分にのみ固執する行為は明らかに相手を軽く見ている証拠とも言えるのではないでしょうか。良縁にめぐり合う為の努力とは策略を持って意図的に計画する物では決してなく、相手を思いやり尊重しその上で真面目に将来を考える事に尽きる気がします。お見合い写真に於いても表面的なビジュアルが目に入ってくるのではなく、その人の持つ教養や優しさ等の内面の要素がまず直感的に視界に焼き付く物であることを深く認識すべきです。例えばオーディションに於ける書類選考でも審査の基準になるのは案外ビジュアル面ではなく、もっと奥深いところにある存在感や精神性のバランスだったりするのです。お見合い写真も全く同じ事が言え、人を判断するときの指標は有る一つの基準があるのではないでしょうか。将来の伴侶となる人との巡り合いは何も特別なものではなく、普段の社会生活からもうすでに始まって居ると言え、普段から広い視野を持ちあらゆる努力を惜しまず謙虚に人生を歩んでいる人に幸せが訪れないはずはないのではないでしょうか。会わないまでもお見合い写真の表情から内面の動きが充分見て取れる物であると感じます。